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第25話 客足

last update publish date: 2026-08-19 19:00:10

朝、シャッターを開けても、フルール・アリサの前を通り過ぎる人の数は、以前よりも明らかに少なかった。有紗は開店準備をしながら、通りの向かいの様子を窺った。八百屋の店主が、客のいない店先で所在なげに野菜を並べ直している。隣の惣菜店も同じだった。

昼を過ぎても、店に入ってくる客はまばらだった。常連の主婦が一人、遠慮がちに店に入ってくる。

「有紗ちゃん、お花、少しだけもらえる?」

「もちろんです。何にしましょうか」

やり取りは普段と変わらないはずなのに、その主婦の表情には、どこか気まずさが滲んでいた。会計を終えた後、彼女はぽつりと言った。

「うちの人がね、この商店街、本当に取り壊されるかもって心配しちゃって。今のうちに、って、まとめ買いはしなくなっちゃったの。ごめんね」

「いえ、そんな……お気になさらないでください」

笑顔で送り出したものの、有紗の胸には重いものが残った。噂
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  • 十年後の初恋   第52話 育つ計画

    商店街の空き店舗の一つを借り受け、有紗たちは「対案本部」と呼ぶ作業場を作っていた。もとは古い荒物屋だった店内には、健太が作った模型と、沙織が描いた手描きの地図、それに住民一人ひとりから集めた声を書き留めたノートが積まれている。 「これで、パースの色塗りは終わり」 健太が筆を置いて伸びをした。模型の隣には、若い設計士見習いだという健太の友人が描いた完成予想図が並んでいる。商店街のアーケードを活かしながら、空き店舗をリノベーションして小さな工房や休憩スペースに変える案だった。 「思ったより、本格的になってきたね」 沙織がノートをめくりながら笑った。フリーペーパーに載せる原稿は、すでに三稿目に入っている。取材と称して一軒一軒を回るうちに、最初は懐疑的だった店主たちも、少しずつ言葉を寄せてくれるようになっていた。 「うちみたいな古い店でも、続けていけるって思えるならな」 そう言ってくれたのは、老舗の乾物屋の主人だった。かつて有紗が頭を下げて回った時には、にべもなく追い返された相手だった。 有紗はノートに彼の言葉を書き留めながら、胸が熱くなるのを感じていた。 「有紗さん、収支のほうなんですけど」 経理事務の女性──名を朋子といった──が、電卓片手に声をかけてきた。 「行政の空き店舗活用の補助金、いくつか使えそうなものを見つけました。これを組み込めば、初期投資はもう少し抑えられます」 「本当ですか」 「はい。あと、これは提案なんですが……フリーペーパーの取材で集めた『住民の声』、そのまま資料に添付したらどうでしょう。数字だけじゃなくて、生の声があったほうが、説得力が違うと思うんです」 有紗は朋子の顔を見て、頷いた。 「篤くんも、同じようなこと言ってた。数字と、人の声。両方が揃って、初めて伝わるものがあるって」 作業

  • 十年後の初恋   第51話 孤立

    三田から会議室に呼ばれたのは、見直し案を提出してから三日後のことだった。 「中村部長には、もう目を通してもらった」 三田の声は淡々としていたが、表情はどこか重い。篤は椅子に座り直し、続きを待った。 「結論から言う。今のところ、正式な採用は難しい」 覚悟はしていたはずだった。それでも、胸の奥が冷たくなる感覚は消えなかった。 「理由をうかがってもいいですか」 「収支のバランスが合わない、というのが表向きの理由だ。だが本音はもっと単純だよ。もう決定した案をひっくり返す前例を作りたくない。それだけだ」 篤は資料に目を落とした。住民の声を一軒ずつ拾い集め、可能な限り数字に落とし込んだ束だった。夜遅くまでかけて仕上げたものが、たった一言で退けられようとしている。 「感情論だと、中村部長は言っていた」 その言葉が、胸に刺さった。感情論――住民たちが十年、二十年と積み重ねてきた暮らしを、そう片付けられてしまうことに、篤は静かな怒りを覚えた。 「三田さんは、どう思われますか」 三田は少し間を置いてから答えた。 「私は……悪くない提案だと思っている。ただ、社内で味方が少なすぎる。中村部長に正面から反対できる人間が、今のところ君しかいない」 その言葉に、篤はふと同期の田村の顔を思い浮かべた。先日、居酒屋で交わした短い会話。田村は表立って賛同はしなかったが、「お前の言ってることは、間違ってないと思うけどな」とだけ呟いていた。 「一人でも、いいんです」 篤は資料を持ち直した。 「一人からしか、何も変わらない。それは、有紗さんが教えてくれたことです」 三田は少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。 「……もう一度、練り直してみるか。

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